第1章で語った父の夢。

 

自衛隊の音楽隊として活躍したかった。

 

その夢を代わりに叶えようとしてたのか

僕は音楽の道に進みます。

 

第1章で書いてませんでしたが、父が昔なぜか買った

クラシックギターが埃をかぶった状態で家にありました。

 

そのギターを当時中学生だった僕はなぜか興味を持ち

チューニングすらわからない状態から

コードブックのみを購入して、ほぼ独学で来る日も来る日も意味もわからず弾いていました。 

 

そう言えば、親戚のおじさんからもらった

カセットデッキ(CD付き)で

TSUTAYAでCDを借りてきては録音して

ずっと同じ曲ばかり聴いてた時代がありました。

 

それとはやってる曲が無料で聴けるラジオもずっと聴いてましたね。

 

小学校でラジオ、今考えるとなかなか渋い趣味を持っていたものですw

そんな僕も音楽の専門学校へ通い、音楽の道を志します。

 

求めていたのは授業じゃなく、デビューでした。

 

専門学校に入学した当時の僕は天狗でしたw 

 

ちょっとギターが弾けて、ちょっと歌えるだけで称賛されていたからです。

そして、みんなからまるでヒーローのような扱いを受けていたのを覚えています。

 

文化祭では「私にも曲作って」とめっちゃ綺麗な女性アーティストがよってきました。

小学校の頃、いじめられてた僕からしたら

奇跡のような学生時代ですね。

 

そして、出るオーディションでは賞をいただいたり

ライブをすると、ファンも増えました。

 

校内の企業説明会的なオーディションでは「うちに来てよ」と

数社からお声をかけていただき、有頂天になっていました。 

そして、ある1社に絞り上京を決意します。

 

事務所と契約は決まったものの卒業まで(上京まで)の期間

暇です。

 

なので、時給がいいという理由で当時の組んでたバンドメンバーとバイトをしました。

そこでもやっぱり気の強い女性がいて、ちょっといじめられてましたw

 

なんとか1年が経ち、いよいよ上京します。

 

僕は上京するまで、家を離れたことはなく

ずっと裏山がある田舎で育ったので、東京が恐ろしくでかく見えたものです。

 

そんな知り合いもいない、売れてないミュージシャンが住むところは

当然、都心から離れた場所です。

 

しかも、ひょっこりついて来たドラマーと男3人の同居生活が始まります。

事務所との口約束はこうでした。

・月10万円の補助

・デビューに向けた活動

などなど。

 

良いことばかりを言われ、見知らぬ東京に行きましたが

蓋をあけると、びっくりすることに全く何ひとつ話が進みません。

時間ばかりが過ぎて行き、せっかく1年間で貯めたお金も底をつきかけた時です。

 

「大阪でライブしようか」 

・・・・・・。

え?w

 

なぜ、東京に行ったのか?

東京に住んでる意味はあるのか?

 

そう思いましたが、音楽事務所がいうことです。

 

何か意図があるのだろうということで、

僕らは事務所の言いなりになって夜行バスで

8時間ほどかけてわざわざ地元の大阪に帰ってライブをし続けます。

(ちなみに、交通費はほぼ自腹でしたw)

 

あとで知ったのですが、大阪には専門学校時代に作ったファンが残ってくれていて、

そのファンを取り込もうという作戦だったようです。

バカですよねw

 

だったら、なぜ毎月家賃5万円も払って物価の高い東京に住んでるの?って話で。

そして、

ファンからしても「?東京行ったんじゃなかったの?」

みたいな反応しかありません。当然ですね。

 

東京は夢があります。ですが、僕らには

夢も希望もなくなって、ファンもなくなって行きました。

 

結局、最後の方は月に1度くらいスタジオに入るだけの

趣味バンドと変わらない(それ以下)の活動と呼べるものは

何ひとつないところまで落ちました。 

 

何を頑張るわけでもなく

何をやっても売れず

東京という街に高い家賃を払って住むだけの日々。

 

東京では部屋が狭過ぎて大好きだったギターを1本泣く泣く売ったこともありました。。。  

 

毎日が不安でした。

毎日きっと良いことがある!と言い聞かせてました。

 

でも、現実は何も変わりません。

それどころか、毎日バイトの日々。

 

僕は音楽をするために東京に行ったはずなのに

気づけば居酒屋のバイトでいじめにあうし・・・

想像していた音楽ライフとは程遠いものでした。 

 

音楽事務所と称していた会社は、実は映像会社。

音楽のことはズブの素人。 

事務所のおっさんはエセ業界人。 

 

たまぁに大きなイベントに参加してヘラヘラして

終わったら酒を呑んだくれる。そんな人でしたw

こいつを信じて東京まで行ったのに・・・

 

裏山があるクソ田舎の実家にわざわざ来て

「この子(僕)は絶対に私たちが成功させますから」って語ったのは一体なんだったのか・・・

 

僕は音楽は厳しい。そういう認識になって行きました。

 

高校の時、毎日弾いていたギターを全く触らない日々が過ぎました。 

当時のバンドメンバーは女遊びに明け暮れてますw

 

僕は悟りました。

 

「ここ(東京)にいても何も変わらない」

 

そう思った僕は、知り合いだった沖縄の知人を頼って

 

沖縄旅行に出かけます。 

自分探しってやつです;

 

何も進化しない毎日。迫り来る家賃。

当時の僕は現実逃避をしたかったのかもしれません。

気がつけば2週間後に沖縄に住むための行動をとっていました。  

 

「沖縄に行ったらきっと人生が変わるはずだ」

 

海外に行く勇気はなく、でも中学時代に一度だけ

家族旅行で行った沖縄がなぜかずっと心に残っていたし

あの海を見たら全て受け入れてくれてるような気がして・・w 

 

そして、僕は沖縄に引っ越します。 

沖縄で最初の1週間は本当に現実逃避できました。

幸せでした。

 

僕のことなんて知る人もいないし

何をやっても良いんだ。そう思うと心が一瞬踊りました。 

 

でも、現実はすぐやって来ますね。

そう。また貯金が底をついたのですw

 

そして、また始まったバイトの日々。

そんなある日、想像もしていなかったお金の稼ぎ方を覚えます。

続きは→【第3章】音楽は意外と稼げる?でもバイトとネットワークビジネスをする